丸山の不思議:函館市(旧戸井町)

丸山入り口

旧戸井町にある丸山の頂上付近に、昔から「丸山龍神宮」という小さな祠がある。山で働く林業者などには「山の神」として、ふもとの町・戸井の漁師には「大漁の神」として土地の人々に大切に信仰されてきた神様だ。この神様の例祭日に起こる不思議な出来事がある。

例祭日には、信仰している人々が祠まで参詣する。その際、木で作った木刀と小刀を腰に差し、鳥居の前に煙草を置いて祠まで登る。祠には持参した酒や魚、卵、お菓子、果物などをお供えするのだが、一部は祠から更に30mほど登った頂上にある「お穴」へ行き、ここへも同様の物をお供えしたのち、祠まで戻る。

祠の前の小さな広場で30分ほど待機し、何名かが「お穴」にお供えした物をを見に行くと、不思議なことにお供えした卵や魚などが無くなっているのだ。ある年には、一升瓶に五合ほど入れたお酒が、こぼれたあともなく綺麗に無くなっていたこともあったという。これは、丸山の龍神様が受け取るのだという。その供物の無くなり方によって、その年の漁などについて占う。

一連の礼拝が終わると、持参した木刀と小刀は、祠へ置いて下山する。

また、この「お穴」は武井の島にあるという鮫穴と通じているという伝説も残されている。


龍神といわれるとおり、この神様は雌雄二匹の大蛇と言われている。

明治の頃、ある木こりが丸山のそばにある笹積山に小屋を建て、そこに寝泊りしていた。
この木こりがある晩、ノコギリと斧を研いでいると小屋のそばの笹やぶが風も無いのにざわざわと鳴った。
不思議に思って小屋の外に出ると、屋根の上にとてつもなく大きな蛇がいた。危険を感じたのか、木こりは夢中で蛇を切りつけ、とうとう殺してしまった。 気味が悪くなった木こりはすぐに山を下り、近くの村人にこの話をした。

翌日、村人が大蛇を見に行くと、物凄い数のカラスの大群が小屋に乗っており、件の大蛇はもはや骨だけの姿になっていたという。木こりはこの日から病を患い、丁度一週間目に死んでしまった。

この出来事以来、丸山龍神のお供物の受け方が変わったので、どちらかの大蛇が殺されてしまったのだろうと、村人は噂した。

レポートと解説

上の写真は、道道970号線沿いにある丸山さんへの入り口の鳥居です。土地の方々が大事にされている神様の元へ、私のような不信心者が行くべきではないと思い、山頂までは行っておりません。膝爆弾も爆発するでしょうしね・・・(´・ω・`)

丸山龍神さんの但し書き

さて、鳥居横の参拝者注意と書かれた看板には、「お山にお住みの霊神はタバコの類と刃物は大の禁物でありますので~云々」とあります。(クリックで拡大します。)さらに、植物も持ち帰り禁止とのこと。これを犯すと本人又は家族に必ず神罰があるとも書かれていますね。

この丸山龍神の祠ですが、中に納められている棟札には、

大正元年八月二十二日
丸山座須(まるやまにいます)
大山津見神(おおやまつみのかみ)
大綿津見神(おおわたつみのかみ)

とありますが、これよりも昔からここには祠があったと言われています。
また、「又末広」と掘られている円形の銅鏡もあり、鏡台には「大正九年五月小安村汐首納主○○(個人名のため伏字)」とあるそう。
その後も、昭和二十年代に建て直され、三十年代に改築、四十年代に土台がコンクリートでできた立派な祠が造られたとのこと。
以上の事柄は、昭和46年に発行された「北国の史話と伝説(上)」によります。その後から現代に至るまでの事情については詳しく知りませんが、ふもとの鳥居が比較的新しく綺麗なことを鑑みれば、資料にある通りに現在でも信仰の対象になっており、古来から脈々とこの山全体が土地の人々によって大切にされてきたことが、よくわかります。


大蛇の話は他にも伝わっているものがあり、別の場所でも死んだ大蛇におびただしい数のカラスが集っていたのを見たというものや、丸山付近で山菜取りをしていた人がナラの大木にいた大蛇を見た、大きな鱗が見えて驚いて逃げ帰った、などという話もあります。

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