古鼠:松前町

昔、松前の山奥に周防堂(すおうどう)というお堂があり、そこには大きな古鼠が棲んでいた。その古鼠は、毎年若い女性を生け贄にしていた。

秋田・山内を居城としていた山内采女正(うねめのしょう・采女頭【うねのかみ】とも)が戦に敗れて松前へ落ち延びてきて、町家に寄せてもらっていたが、この采女正が松前に来た年に、この町家の娘が、ちょうど鼠の生け贄の番になっていた。

そこで、寄せてもらっている恩返しにと、采女正が娘の代わりに行くことを申し出、周囲の反対を押し切って、篭に乗って周防堂へ行った。息を殺して待っていると、夜中に大きな古鼠がわらわらと集まってきて、采女正を噛み殺そうとした。そこで采女正は隠し持っていた短刀を持って篭から飛び出し、一匹残らず鼠を刺し殺してしまったという。

翌朝、町へゆうゆうと帰った采女正は事の次第を話し、町中の人々が喜んで采女正を敬い「殿」と呼ぶようになったという。

レポートと解説

近藤保寛「久保田領六郡記」にあるお話だそうです。

菅江真澄もこの話がいつの頃のものか考察していますが、結局不明となっています。少なくとも14、5世紀の頃ではないかと思われていて、山内采女正という武将も実在したかどうか不明です。

周防堂の場所は、及部川上流で、市の渡、螺見沢字婆沢の上のタロボウ岱にあり(旧字名のため、よくわからない~)、相原周防守が砦を築いた場所と言われています。地図には福島町境に周防堂山という山が載っているので、この山麓にあるものと思われます。
この堂が現存しているかは不明です。
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