山越の夜泣き石:八雲町

関所が設置されていた時代に、罪人を切るために腰をかけさせたと言い伝えられている石。

真夜中、関所の裏の方からしくしくと人のしのび泣く声が聞こえてくるので、関所の番人が不思議に思って行ってみると、暗闇の中に人がうずくまっているように見えた。
番人がそっと近づいてみると、それは罪人が切られるときに腰をかける石で、しくしくというその泣き声は石の下から聞こえてきていた。番人は驚いて会所に逃げ帰った。
山越内関所は文久元年(1861年)に廃止されたが、夜泣き石だけは処分されずに残された。石は血の跡で黒ずんでおり、血染めの石ともいわれ、戦後ようやく今の形に保存されるようになった。

レポートと解説

山越内関所跡地に建つ碑。この大きな碑の右手前に夜泣き石があります。

当時、この山越は和人とアイヌの地の境で、東蝦夷地への人の出入りを監視する場所でした。人家も今よりもきっと少なく、寂しいところだったでしょう。非業の死を遂げた方たちのことを思うと、200年以上前のこととはいえ悲しい気持ちが湧いてきます。

首切り役人として有名な山田浅右衛門(1813~1884)ですら刑を執行した夜は、芸者をあげてドンちゃん騒ぎでもして、酔いつぶれなければ恐ろしくて眠ることができなかったといいます。本当にこの石が泣いていたのかどうかはわかりませんが、首を切る役人にとってこの石は決して心穏やかな存在ではなかったことでしょう。その気持ちから、このような伝説が生まれるのだと思います。

ちなみに、この石の向かって右横に井戸跡もありましたが、私にはこちらの方が何となく恐かったんですが・・・、気のせいでしょうか(気のせい、気のせい)。刑場に首洗い井戸はつきものなのですが、この井戸がそうだったのかどうかはわかりません。

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