観音寺

観音寺は真言宗のお寺で、寺伝では1441(嘉吉元)年旭威法師の開基と伝えられる、古い歴史を持つ寺院です。

この頃、渡党(本州から渡ってきた人々)が泊館を構築し、松前藩祖である蠣崎氏が道南一帯を制覇した後、上ノ国の出城としてその一族が守護していたと伝えられています。
館跡は観音寺の後方台地という説、北隣の台地とする説などがあり、未だ特定されていません。
その後一時廃庵となりましたが、永正年間(1504~21)に蠣崎光広(松前家二世)の次男高広が仏門に入り、永快と名乗って再興したと伝えられていて、このように長い歴史の中で幾度か住職不在の時代もあったようです。
1856(安政3)年には火事で本堂が炎上し、宝物などもほとんど焼失してしまいました。
近くの泊川や厚沢部川にその昔住んでいた河童に、住職が書かせたという詫び証文も、お話が伝わっているのみで残念ながら現存はしません。
本尊は千手観音菩薩で、他に円空仏、木喰仏が安置され、お寺を訪ねると拝観することができます。

木喰仏

高さ168センチという大きさの子安地蔵で1778年頃に作られたと見られています。
木喰とは穀物を断ち木の実だけを食べて修行することをいい、江戸中期の木喰行道が残したもの。
日本全土に木彫りの仏像を千体あまり残していますが、北海道には現在30体ほどが残っているそう。
この仏像は荒縄地蔵さんと呼ばれ、お地蔵さんを賭場に連れて行くと勝てるとか、 女性にもてるなどと言われ、縄でしばってあちこち引き回されたという話が残されています。
その話を証明するかのように、お地蔵さんにはたくさんの傷跡が残っています。

円空仏

円空は江戸前期の彫刻僧で、全国を彫刻行脚しました。北海道へは1664~5(寛文4~5)年頃に渡ったらしく、 約40体の仏像が今も現存しています。
観音寺の円空仏は高さ39センチの阿弥陀如来座像。

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