「 史跡」に関する記事
- 榎本軍(旧幕府軍)鷲ノ木上陸地跡
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2009年12月28日

明治元年(1868)旧10月20日、噴火湾中央部の鷲ノ木村に榎本武揚(徳川旧臣)率いる艦隊が上陸しました。上陸時の鷲ノ木は、積雪30センチ、北西の強風で波は荒れ(たば風)、暴風雪であったと言われています。
榎本艦隊は、 [...]
- 松前城資料館
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2009年12月28日

松前城は福山城とも呼ばれる、最後に築城された日本式の城郭です。
もともと松前には大館がありましたが、初代藩主松前慶広が現在の地に1606年に城を築き、その地を福山と名づけて城を福山館と称していました。
藩名も福山藩として [...]
- 茂別館跡
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2009年12月28日

北斗市矢不来にあった、中世の館跡で国指定文化財です。
大館と小館の2つにわかれ、主要部の大館には現在矢不来天満宮があります。
その北東部には幅5m、高さ7mの空濠と土塁が巡らされています。
茂辺地市街地から茂辺地川を渡り [...]
- 松前藩戸切地(へきりち)陣屋跡
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2009年12月28日

松前藩が蝦夷地防衛の強化を狙って、安政2年(1855)に築いた陣屋の跡地で、国指定史跡となっています。
この陣屋は四陵の星型をしており、東側の一陵に砲台六門を設置していました。
周囲は高さ2.6~3.5mの土塁と、深さ [...]
- 土方歳三最期の地
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2009年12月27日

江戸時代末期、新選組副長として京都の街に勇名をはせた土方歳三は、鳥羽伏見の戦いの後、新選組を率いて各地を転戦して北上し、仙台で旧幕府海軍副総裁榎本武揚が指揮する脱走艦隊と合流しました。
明治元年(1868年)10月、蝦 [...]
- 中島三郎助父子最後之地
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2009年12月27日

昭和6年(1931年)、箱館戦争に散った中島父子を記念して千代ヶ岡陣屋付近の土地が中島町と名付けられました。現在中島町には、中島三郎助父子最期の地碑が建っています。
中島三郎助は、浦賀(神奈川県)に生まれ、浦賀奉行与力 [...]
- 五稜郭
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2009年12月27日

江戸時代末期、日米和親条約締結による箱館開港に伴って、北方に対する防衛力の強化と役所の移転問題を解決するために築造されました。
設計を担当したのは洋式軍学者の武田斐三郎です。
大砲による戦闘が一般化した後の、ヨーロッパに [...]
- 大船遺跡
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2009年12月27日

大船遺跡は今から4~5千年前(縄文時代中期)の集落跡です。
平成8年に調査を開始し、これまでに100軒以上の竪穴住居、食料の貯蔵穴や、お墓などの土坑(どこう)60ヶ所以上が見つかり、大きな縄文の集落であることがわかりまし [...]
- 咸臨丸の眠るサラキ岬
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2009年12月25日

木古内町サラキ岬は、幕末に建造された軍艦咸臨丸(かんりんまる)が沈没した地です。
咸臨丸は1857(安政4)年に建造された木造蒸気船で、幕府の長崎海軍伝習所の練習艦となり活躍しました。この海軍伝習所の総監には永井尚志、 [...]
- 比石館跡
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2009年12月25日

石崎川河口に突出した岬の上に、厚谷重政の居館である比石館の跡があります。道南12館の一つ。
長禄元年(1457)にアイヌに攻められ、館主の重政は館下に身を投じ、石崎川の主の大鮫になったという伝説も残されています。
館はそ [...]



















































