「 松前町」に関する記事
- 闇の夜の井戸:松前町
-
2010年1月1日

松前家第十世・6代藩主矩広(のりひろ)の時代、主君の乱行を見かねて諌言した丸山久治郎兵衛(一説に愚次郎兵衛や大沢多治郎兵衛)という忠臣がいた。
しかし、丸山の失脚を願う悪臣たちが、殿の鉄扇が井戸に落ちたと偽り、丸山が [...]
- 茂草の石神様:松前町
-
2010年1月1日

茂草のぬかもり山に子供が大好きな石神様がいて、子供たちは毎日この石神様を、縄で縛って引っ張って遊んでいた。
ある時通りかかった婦人が、罰当たりだと子供たちを叱って遊びをやめさせた。すると、石神様が寂しがってその婦人の目 [...]
- 耳塚:松前町
-
2010年1月1日

松前藩の苛酷なアイヌ民族支配強化に対し、アイヌの人々が団結して抵抗を示したのが、寛文9年(1669年)のシャクシャインの戦いだった。
はじめはアイヌ側の優位で戦いが経過したが、松前藩は幕府や津軽藩の援助を得て新冠(現 [...]
- 古鼠:松前町
-
2010年1月1日

昔、松前の山奥に周防堂(すおうどう)というお堂があり、そこには大きな古鼠が棲んでいた。その古鼠は、毎年若い女性を生け贄にしていた。
秋田・山内を居城としていた山内采女正(うねめのしょう・采女頭【うねのかみ】とも)が戦に敗 [...]
- 博知石:松前町
-
2010年1月1日

昔、松前藩創立以前、東北から移住してきた漁師たちは、船がよく転覆したり沈んだりするので、大きな岩に洞窟を掘り船霊様を祀ることにした。
そこで、徳造という信心深い漁師が一生懸命掘削し、3年目の春にようやく完成した。いよいよ [...]
- 手長池:松前町
-
2010年1月1日

延享2年(1745)、松前藩12代藩主、資広(すけひろ)は、中納言八条隆英の娘を正室に迎え、城下の人々は彼女を「京御前様」と呼んで尊んでいた。
資広が参勤交代のため江戸にいたある夜、京御前は何かに誘われるように外へ出て、 [...]
- 白神岬:松前町
-
2010年1月1日

見つからない石の祠
ある木こりが3、4人で白神様のある白神岬の山中に入ったところ、苔の下に石の祠が見えた。 驚いて村に帰り、掘り起こそうと大勢の人を連れて行ったが、その場所にはなにもなくなっていた。
また、違う人が [...]
- 血脈桜:松前町
-
2010年1月1日

昔、松前の旧家の娘、静枝(生符の鍛冶屋柳本傳八の娘・お芳とする説も)が吉野山まで見物に行き、美しい尼僧から桜の苗木をもらったので、それを光善寺に植樹した。
時が流れて、この静枝が死に桜も大樹になった安永(1772~17 [...]
- 玄狐:松前町
-
2010年1月1日

バージョン1
松前家第13世道広の前室は、前右大臣花山院常雅の息女初姫で、明和8年(1771)入輿した。
初姫は日頃京都九条稲荷を尊宗していたので、蝦夷地に来るに当たって九条稲荷は姫の道中を守護するため、多数の狐を付き [...]
- 桂の木と大蛇:松前町
-
2010年1月1日

徳山大神宮の本殿の横に、樹齢500年の桂の木がある。
昔、このお宮の別当白鳥氏の夢に、ある夜白髪の翁が現れた。その翁が言うには、「私はこのバッコ沢の奥に住む大蛇である。この沢を出て海に行き、やがては天に昇り、龍となりた [...]



















































