葛登支稲荷神社と三木露風の歌碑

三木露風の歌碑

ついに場所が分かりました。葛登支稲荷神社と三木露風の歌碑。
海を臨む高台、そしてあの寿楽園から線路を挟んで国道側にひっそりとありました。

場所は記事の下のgooglemapをご覧ください。

三木露風の歌碑アップ

はるかなる 岬の上に 立ちにける
白き燈台 日に輝けり

三木露風トラピスト歌集より

平成十五年七月吉日

葛登支稲荷神社

こちらは葛登支稲荷神社。

葛登支稲荷神社

葛登支稲荷神社の由来

国道に面した場所に、ちゃんと看板も出ていました。
以下、引用です。

葛登支稲荷神社の由来

明治の中頃、上磯の網元山本多五右衛門が茂辺地の漁場を当別の葛登支沖に移した。昭和になって漁場経営者が函館の山善(屋号)高村善太郎に替わりました。高村は屋号を (ヤマゼン)といった。

漁場を富山県出身の広浜貞次郎船頭にまかせた。貞次郎は新しい建網漁法を導入し大漁にわいた。

信仰心の厚い貞次郎が願主となり、茂辺地の磯谷雄次郎が船材で祠を建立し、漁場の安泰を祈願しました。地元民は網元の屋号で「ヤマゼンの稲荷様」と呼んだが、長年無人状態ですっかり朽ち果てていたのを哀しんだ新地主の工藤忠孝が平成4年、上磯地方史研究会とたずさえ現在地に遷宮修復しました。毎年7月10日、葛登支稲荷神社奉賛会により祭礼が挙行されています。

また、三木露風の歌碑が建立されています。

平成23年3月 北斗市教育委員会

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