開陽丸は江戸幕府の海軍旗艦で、慶応2年(1866)にオランダで建造されました。ここにあるのは復元した開陽丸です。
バーク型三本マスト、400馬力蒸気機関補助エンジン一基付き、2590排水トン、艦長72.8m、最大幅13m、10ノット。標準装備は大砲26門(幕府配属後9門追加)でブロンズ製7門、鉄製カロナーデ砲1門、乗員数は350~500人でした。戊辰戦争の際に榎本艦隊の旗艦として活躍しましたが、明治元年(1868)11月15日江差港内で座礁し、10日余りで沈没してしまいました。
以来、開陽丸に積まれていたと思われる財宝目当てに、数多くのサルベージ会社が開陽丸を探しましたが、江差港内に沈没したはずにもかかわらず、その姿を見つけることができませんでした。
しかし、ある日とうとうある江差町民が開陽丸を発見し、昭和49年(1974)に海底遺跡と公に確認され、翌年から発掘作業が始まりました。
大砲、弾などからフォーク、スプーン、果ては木の櫛(驚くことに腐っていなかった!)まで発見されています。
これらの発掘品は復元された開陽丸の中に展示・公開されています。
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