中華の罠

その日はねりこ@と某隣町の中華料理屋、『華京』に行こうと盛り上がり、

午後から北へ向かう。

はっきり言って、ここの『カニと海老のあんかけチャーハン』は知っている店の限り、

ダントツでナンバー1である。しかもほかの中華料理屋にはこのメニューがないのだ。

昼に食べて、夜にはまた食べたくなるという代物なのだ。

きっと、毎日食べても飽きないだろう。





昼飯を我慢して気合いを入れまくり、

その気合が完全に空回りしていたため、現地への到着が開店数時間前。

それなら、と、以前住んでいたもっと遠い町まで行って、昔住んでいた借家の前で

はん、寒そうでカビ臭そうな家だ

と笑って優越感に浸っていた。





どのくらい寒かったのかというと、



・夜中3時までストーブ全開ですごしていても、朝の7時には室温4~5度まで低下。

・ストーブを最強にして焚いても足元30センチは決して15度を超えない

・室内の暖かさが屋根に抜けるため、屋根に雪が積もらない

・酔って居間で寝込むと凍死の危険がある。



で、どのくらい湿気ていてかび臭いのかというと、

・家に基礎がない(長い歴史の中で沈下したらしい)。

・腕時計の抗菌防臭バンドが平気でカビる

・下駄箱や押入れの扉を閉めて物を収納すると、中の物はうぐいすもちのようになる。

ピアノがカビる



補足として、

・必然的にワラジムシやアリ、時にはクモ、ゲジゲジ、カマドウマ等の生物がペットになる。

・一番風呂に入っているのは、いつもワラジムシ達だ。

・寝ている時に顔がムズムズしたら、それは3分の1の確率で虫たちによるものだ。



など、安い家賃を補って余りある出費がじわじわとのしかかってきていたのだ。

まあ、それはそれで今思うとネタだらけの楽しい生活だったのかもしれないが、

2度と戻りたくないと本気で思う。



昔住んでた家を見るためだけに1時間もかけてわざわざ来てしまったあたりから、

運命の歯車は回り始めていたのかもしれない。



さて、住まいの見学会を終え、一路銀行へ。

長時間の運転は腹もすかせる。

今日はたっぷり、何の憂いもなく、食って食って食いまくるぞ。

ということで、銀行で3万円をおろし、夕食準備完了。

俄然盛り上がる我々夫婦。

こうなると、ちょっとじらしたいというサディスティックな気持ちも出てきて、

温泉に寄ることに。

国道から10キロ以上も山の中に入って、温泉にじっくりつかり、時間もころ合い。



頭の中はもう、



 
中華、

 中華、

 中華。


 中華!






が、

開店の時間まで、まだ少し余裕がある。いったい何時間前に家出たんだよ、我々。

で、しょうがないので、その辺をぶらぶらとドライブ。

「あ、たしかこの辺に湧き水出てるとこあったって聞いたことあるよ。」

「おおー。さがしてみるべー。」

思えばこれが悪魔のささやきだったのだ。



あやしい小さな道を行くと、橋がおちていて通行止め。迂回。JR高架下をくぐる。

この高架が後々とんでもないことになる。

それからすぐにあやしい鳥居があり、その真下には廃車にされた車が2台。

おそらく不法投棄であろう。

「なんてばち当たりな!」

まさに神をも恐れぬ行為である。神社に不法投棄などと。

と、次の瞬間、何故か大きく左に傾く車体。



「え?あ!おおお!!!」



ちょっとしたよそ見で路肩の弱かったところに思いっきり脱輪。

斜度は軽く見積もって30度。

まっったく、びくともしない。



こんな感じの場所。



(断面図)

           この辺に斜めに

線路線路     落ちました(泣)      木    民家

     土      ↓             木    民家

      土                   木    民家

       土      土道路道路道路道路木庭庭庭庭民家

        土    土

         溝  溝

         溝溝溝



1月なので当然、雪が深く、四駆だろうがメガクルーザーだろうが、

まったく脱出不能。

前輪は完全に落ち、後輪は脱輪寸前。

          ポフ

おお、神よ。不法投棄の罰を我々にあたえようというのですか。



こうなると、人間の考えることは同じ。

JAFか・・・。

そう考えていると、近所のおばちゃんが助けに来てくれて、



「すぐそこに○○っていう自動車工場あるから、助けてもらいなさい」



うむ。地獄に仏である。

歩いて5分ほどでそこにつき、事情を話すと、すぐ助けに来てくれた。

とりあえず、ねりこ@は工場で休ませてもらうことに。

なんか、予定が入っているのを伸ばしてくれたりしていた。いい人だ。

これならすぐに解決するだろう。



ところが、



高架下が狭く、レッカーが入って来れないことが判明。

さらにそこは袋小路でどうしようもないのだ。



「兄さん、こりゃ、おてあげだわ。こりゃ、JAFも入って来れねえわ。」



死の宣告である。がーん。どうすんじゃこりゃ。

ほどなく、おじさんが



「・・・・ただね、タイヤ式のブルド-ザ-でひっぱる方法が残されてっけど、

・・・・・・車の無事は保障できねえなあ。



まるで誘拐犯からの脅迫電話である。



しかし背に腹はかえられまい。

「しかも、ちょっと時間も金もかかるよ。」

そんなこと言われても、じゃあ遠慮します、なんて言えない状況なのは、

火を見るより、いや、雪を見るたび明らかである。

うちの車の命はこのおじさんが握っているのだ。多少の身代金は何とかして準備するしかない。



そういうわけで、ブルで引っ張ることに。

ここでちょっとだけ、対応をJAFと比べてみよう。



JAF『お車に傷がつく可能性があります。万が一の場合、保証いたしかねますので、

    牽引前に同意書にサインをしてください。』

おやじ『兄さん、車両保険入ってるか? ガッツンガッツンひっぱるから、

    ちょっとバンパーとかいっちまうかもしんねえけど、いいべさ(口約束)?

    おれらもあんまり時間かけてらんねえからさ。車両保険でなおせるし、いいべ(口約束)?』




まさに効率重視。やけに車両保険を強調して来るところがおっかない。

いや、この後予定が入ってるんでしたよね。信じてますよ。親父さん。

そうは言っても、すこしでも機嫌を損ねたらブルで直接押しかねない勢いである。

結局、後ろから牽引することに。



おやじ「じゃ、車エンジンかけてギアをパーキングにいれて。」

おれ「え?」

おやじ「パーキングにいれて。ひっぱるから。」

おれ「・・・。」



・・・・いや、おやじさんは車のプロだ。今の状況でおれが意見するわけにもいかん。

この親父さんには何か策があるに違いない。

そう、タイヤがロックされるパーキングにするのにも何か訳が・・・。



おれ「えっと、ニュートラルじゃなくて、パーキングでいいんですよね、

   ニュートラルじゃなくて。」

おやじ「・・・・ニュートラのほうがいいか。



・・・(汗)あの~、・・・・・・・いや、おやじさん、信用してますよ。まじで。

で、牽引してみたら、ワイヤーが少しバンパーにあたるものの、樹脂バンパーの弾力性で破損はせず。

引っ張ってみると、少し出かかったものの、滑ってしまい、後輪も脱輪しかけてしまった。



おやじ「前から引っ張ってみるか」

おれ「いや、でも、坂になってますから無理ですよ」



そうなのだ。素人目に見ても前からは絶対あがりそうにない。



おやじ「板かなんかあれば上がんのにな。」

おれ「さがしてきます!」



たしか高架下丸太が転がっていたはずだ。

あった!

これでなんとかなるかもしれない!

これでハンドルを右に切って、バックでこれにのっかれば、牽引の力で出られるはずだ!

やったよ!未来が見えてきたよ。ナイス親父さん!

くそ重たい丸太を抱え、にこやかに叫ぶおいら。

「親父さん!あったよ!」





・・・って、おやじ、

すでに前から引っ張ってるよ。






ゆがむバンパー!きしむナンバープレート!

しかし、案の定、車はびくともしない。



おれ「無理無理無理無理!!

  おじさん!無理無理無理無理、

  絶対無理!!


おやじ「じゃ、おてあげだわ」」

おれ「いや、この棒かませてバックすればきっとうまくいきますよ。」

おやじ「そうかあ?おれらもいつまでもやってらんねえんだぞ(怒)。」



やばい、おやじさん、うまくいかなくて機嫌悪くなってきてる。

そりゃそうだ。

週末四時過ぎにやってきた飛び入りの客は最高にめんどくさい話を持ち込み、

おそらくは楽しみにしていた飲み会に遅れているのだ。すまん、おやじさん。

おそらく、これが最後のチャンスだ。こんな状況で天空の城ラピュタパズーの気持ちがわかった。



『最後のチャンスだすり抜けながらかっさらえ!』



同じだよ、パズ-。もっとも、僕の仲間は百戦錬磨のドーラばあさんではなく、

頼りになるのかならないのかいまいち図りかねる、はやく飲み会にいきたい野獣のようなおやじさんだけどね。



ぐおーん!

おお!

ぐおおおおーん!

おおおおおお!



でた!でたよ!!

パズ-!ぼくはやったよ。



野獣のようになりかけていた親父さんもにこやかになってる。

工場にもどり、ねりこ@と再会。



おやじ「いやあ、ちょっと傷つけちゃってすまんねえ。」

おれ「いやあ、それほどでもないんですよ、傷は。」



そうなのだ。突っ込んだスピードが10キロ以下だったのと、樹脂バンパーのおかげでほとんど無傷

唯一のダメージらしいダメージは、親父さんがリヤタイヤキャリヤのストッパーをつけたまま無理矢理閉じようとしたので、

ストッパー(鉄の棒)がまがってしまったくらいだ。いや、ホント、ぜんぜん気にしてないっすから。



おやじ「じゃあ、料金だけど、規定よりちょっと安くするから」

おれ「す、すいません」

おやじ「じゃ、3万円でいいかい」

おれ「あ、はい。」



レッカー、トラック、重機の三種の神器をフル出動させてるし、相場なのかなあ。



しかし、さすがプロですね(パーキングとニュートラルは不安でしたが)。

おやじさんありがとう(こわくなったときもあったけど)。たすかりました。





で、すべてが終わったのが5時半ころ。







当然、





中華料理 喰う気力なし!







さらに



喰う金もなし!!








・・・今日の行動をまとめてみると、

自宅→隣町→さらにその隣町へ向かう→住まいの見学会で優越感に浸る→

→3万円おろす→温泉で汗を流す→車落ちて汗だくになる→

→おろした金をすべて支払う→自宅



・・・・・何しにいったんだっけ。よく思い出せないんですが。