藩主松前家の菩提寺となっている曹洞宗の寺院で、境内に松前藩主松前家墓所があり、この墓所の設定は松前氏七世公広の時と言われています。
御霊屋には歴代藩主の位牌がおさめられており、中の格天井(ごうてんじょう)には松前応挙とも言われた蠣崎波響の花鳥の絵が掲げられています。
寺伝では1470(天明2)年創立としていますが、延徳年間(1489~92)とする説もあります。 1868(明治元)年箱館戦争で松前家御霊屋と山門を残して焼失してしまいましたが、 1881(明治14)年に再建されました。松前家御霊屋と山門は、1834(天保5)年に建立されたもので、山門には四天王像が配置されています。(四天王像の写真も撮影してみたのですが、防護網があってうまく撮影できませんでした)
兆殿図筆の羅漢図、松前矩広(のりひろ)筆の涅槃図などがあり、この涅槃図は法幢寺6代住職柏厳の門昌庵事件に関係するものです。また、伝説手長池の怪物が残したという皿が残されています。
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